テスト

コンヤ(トルコ中部) konya

首都アンカラから3時間ほどのところにある

紀元前300年ころコンヤに初めて人が住み始めた 。 
 
11世紀から13世紀にかけてセルジュク朝(中央アジア系民族)の首都として栄えた

1077年 セルジューク朝は都をイズミックからコンヤへ移す

メヴラーナ博物館(青いとんがり屋根)mevlana muzesi

13世紀 ジェラーレッディン ルーミーが起こしたトルコ独自の宗教

イスラム教を深く追求した結果 生まれた宗教

メヴレヴィー教はメブレリー教団が主体となる

大きなスカートをはいてグルグルと円を描くように踊るのが特徴

死を意味する黒い服を脱ぎ捨て白い服を着て回り続ける儀式

自らを〃惑星の一つ〃とイメージしながら回り続ける

1925年 新国家のトルコは政教分離政策を実行

そのためメブラーナ教も一時 活動を禁止された。

館内は入場無料 セマーの舞は毎日はやっていないので観光案内所で確認する必要がある

メヴラーナ博物館
古都コンヤ
メヴラーナ博物館(青いとんがり屋根)mevlana muzesi
メヴラーナ博物館 (2)
ルーミーの霊廟

ルーミーの霊廟

棺の上に置かれた渦巻状のターバンが彼の偉大さを表している。

メブラーナ創始者のムーミー
ルーミー

セマーの舞

セマのダンス(メヴラーナ博物館)
セマーの舞
セマー (3)
メブラーナの舞
セマー (2)
メブラーナ イスラム神秘教ダンス
イスラム神秘教ダンス

金の箱

箱の中にはムハンマドのアゴヒゲが保存されている

ムハンマドのアゴヒゲが入った箱(メヴラーナ博物館) 

ガラスケースの中に入った小さな箱の中に入れられているが箱の中身は見えない

金の箱
金の箱 (2)

アラッディン ジャーミー alaaddin camii

セルジューク朝時代の美しい彫刻を展示

アラッディン ジャーミー

インジェ ミナーレ博物館 ince minare muzesi

コンヤを代表する美しい建築物
 

カラタイ博物館(神学校跡) karakltay muzesi

13世紀に建てられた神学校を改築した建物

器や陶器セラミックなどを展示している

カラタイ博物館
カラタイ博物館(神学校跡) karakltay muzesi

コンヤ 考古学博物館 arkeoloji muzesi

コンヤ 考古学博物館

ヘラクレスの石棺(コンヤ 考古学博物館)

石棺にはヘラクレスの12の功績をたたえたレリーフが施されている

ヘラクレスの石棺

京都庭園(コンヤ)

コンヤ空港の近くにある

ベルギーの日本庭園をしのぐヨーロッパ一大規模な日本庭園

アライディンジャーミー(コンヤ)

1211年に建てられたセルジック朝風のモスク

モスクの内部はギリシャやローマから集められた石材を使用している

カラタイ神学校(コンヤ)

13世紀に建てられた校舎 現在はタイル博物館として利用されている

第1次大戦のときコンヤに侵攻したイタリア兵はタイルだけ持ち去り撤退した。

クルチュアルスラン宮殿跡(遺跡)

12世紀に建てられた 当時はルームセルジュク朝がこの辺りを統治していた。

ドーム状の傘のようなものは遺跡保護の為 後から取り付けられた

クルチュアルスラン宮殿跡

スィッレ(コンヤ郊外) sille

巡礼客でにぎわった宿場町があった場所

ビザンツ時代には60近い教会が建てられた。

スィレのアヤ エレニア教会 aya erenia kilisesi

内部のドーム屋根が美しい

327年 ビザンツ皇帝コンスティアノスの母ヘレナによって建てられた教会

内部には美しいイコンが飾られている

インジェミナーレ博物館(神学校跡)

インジェミナーレ博物館(神学校跡)
インジェミナーレ博物館(神学校跡) (2)

防人の壁(さきもりのかべ)

紀元前4世紀に築かれた遺跡

チュムラ(トルコ南部)

8月 トマトの収穫が行われる

今から約200年前トルコで好んでトマトが食べられるようになった

チュムラ(トルコ南部)の場所

チャタルホユック(トルコ南部)(コンヤ郊外) catalhoyuk

アナトリア最古の集落跡

チャタルホユック遺跡 (2)
チャタルホユック
チャタルホユック(トルコ南部)の場所

9500年前~9千年前の人々の生活が分かる住宅跡遺跡が残っている

9000年前の住居跡(チャタルホユック)
チャタルホユック(トルコ南部)
チャタルホユック(トルコ南部)集落遺跡
チャタルホユック遺跡 住居跡

この辺りで農耕を始めたばかりの世界最古の農耕集落跡

室内の遺跡は体育館ほどの広さを持っている

10万平方の土地に2000個の家が密集していた。

最盛期には8000人が暮らしていた

居間には かまどの周りから小麦と農機具が発見されている

チャタルホユック遺跡 居間と釜戸の後

9千年前の小麦の化石も残っている

小麦の化石(チャタルホユック)
9000年前の小麦の化石(チャタルホユック)

穀物に水を混ぜて食べていたころもわかっている

鹿のに石をはめ込んだ農機具も見つかっている

9000年前の住居跡遺跡 8000人が暮らしていた。

アナトリア文明博物館(アンカラ)にはチャタルホユック遺跡の家の中を復元した模型が展示されている

身を守るため玄関は2階に造られていた。

家の出入りには梯子を使っていた。

壁には赤い塗料で動物の絵が描かれていた。

チャタルホユック遺跡 動物の絵
チャタルホユック遺跡 動物の絵 (2)
壁に書かれてていた動物の絵(チャタルホユック遺跡)

遺体を埋葬した穴も発見されている

遺体を埋葬した穴(チャタルホユック遺跡)
遺体を埋葬(チャタルホユック遺跡)

家の寿命は60~90年くらいだったと考えられている

また昔の人は よく猛獣に襲われていた。

そこで住居を2階に造り梯子で出入りするなどし猛獣対策を行っていた。

梯子を使って玄関へ上がる(チャタルホユック遺跡)

豊穣の女神像(チャタルホユック)

世界7か国の専門家が集まり発掘調査が行われている

また50体以上の女神像も発掘されている

女神像のほとんどが首都アンカラの博物館に保存されている

豊穣(ほうじょう)の願いを込めて作られた女神像は どれも ぽっちゃりと太っている(必ずしも当時の女性がみんな太っていたわけではない)

一つの体に2つの頭を持つ像は双子の像 

地母神も豊穣の女神 椅子に座り出産している様子 股の間には赤ちゃんの頭が見える

地母神2
地母神
豊穣の女神像(チャタルホユック

スルタンハン(キャラバンサライ)

かつて商人の有力者の宿泊施設だった 建物は高い壁に囲まれている

建物の入り口は一か所のみ

トルコ国内には こういったサライが100か所ほど残っている

しかしほとんどが廃墟となっている

スルタンハン(キャラバンサライ)
キャラバンサライ
キャラバンサライ2

 

アイワル村 (トルコ中央)

人口1200人程度

カッパドキアから100キロ郊外にある 観光客はほとんど訪れない場所

村の特産はカボチャとブドウ

ただこの地方ではカボチャは種しか食べない

種をピーナッツのように言って食べる 

カッパドキア同様の洞窟住居がある

カッパドキアの住居 (3)
カッパドキアの住居 (2)

壁にはスプーンで削ったような跡が残っている

アイワル村2
アイワル村

カンガル クシュカヤス村

羊を多く飼った遊牧民が暮らす村

羊は暑さに弱いため夕方から朝にかけて放牧する

カンガル クシュカヤス村

カルガル犬

牧羊犬に中央アジア原産のカンガル犬を使用

耳はオオカミにかまれないよう予め切っておく

急所となる首にはとげの付いた鉄の首輪をする

カルガル犬が立ち上がれば人の背丈ほどある大型犬

車を引っ張るだけの力を持っている

カルガル犬
カルガル犬 (3)
カルガル犬 (2)
カルガル犬の耳


<目次>
1カッパドキア1(奇岩群+渓谷&女性ミイラ)
2カッパドキア2(地下都市&住居ホテル+陶器)
3カッパドキア3(岩窟教会+壁画&鳩の飼育)
4カッパドキア4(地下ワイナリー&カイセリ+エルジェス山)
5アンカラ(アナトリア高原 トゥズ湖)
6コンヤ(チャタルホユック遺跡)
7アララト山とクルド人問題
8ネムルト山と周辺の遺跡(トルコ東部)
9トラブゾン(スメラ修道院)ボアズカレとエディルネ
10サクランボル(北)とニクサル(東)
11トルコ南部の名所(クズカレスィ カシュ タシュカレ)