テスト

水戸納豆1(茨木県)体にいい食べ物を作る工場に潜入! 

そこはナイヤガラかイグアス(滝)かそれとも黒部ダム(富山県)の放水か勢いよく流れ出た大量の大豆が黄河(中国の黄色い川)のように〃ゴロゴロ〃と流れてました。

そのとき僕は茨城県の水戸にある ある体にいい食べ物を作る工場に来てました。そして今まさにその機械は茨城県水戸市になくてはならないある物を作っている最中でした。

機会の中では大量の大豆が激流と濁流(だくりゅう)を繰り返しながら幾つもの支流(ライン)へと枝分かれしてました。
すると あら不思議 それらの大豆は大きな豆が流れる川と小さな豆が流れる川へと大きさ別に選別されていきました。

そして大豆が行く先には巨大タンクが待ってました。そして大豆は〃あっ〃と言う間にそのタンクの中へ収まっていきました。
すると大豆の入ったタンクの中は明石海峡(兵庫県)の渦潮も真っ青の巨大竜巻のような渦を巻き始めました。なんと その巨大タンクは大型の洗濯機でした。

洗浄作業を終えた大豆たちは一晩 水の中で過ごす事になります。

翌朝 十分に水を吸って〃ふっくら〃とした大豆の大移動が始まりました。
すると今度はモクモクと湯気と煙が上がるキラウエア(ハワイ)火山大噴火ような大釜でじっくりと煮込まれる事になります。

大豆が十分に煮詰まったところで大釜が自らひっくり返り〃あつあつ〃の煮豆が出て来ました。

そこで豆思いの従業員がやって来て少しでも煮豆の熱を下げてあげようと〃じょうろ〃を使って水をまき豆の熱を様いました。
実はそのとき〃じょうろ〃の中に入っていたのは水ではなく なんと〃なっ○う菌?〃でした。

ベルトコンベヤーに乗った煮豆は小分けされパック詰めされて行きます。そしてそのパック詰めされた煮豆はムロと言われる醗酵室へと運ばれて行きます。

翌日 糸引きネバネバの水戸の御馳走でもある水戸納豆が やっと完成しました。
さらにその納豆は冷蔵庫の中で熟成させ最後に機械で外側に〃水戸納豆〃と書かれたビニールを巻き付ければ あとは出荷するだけです。実はそれは大変手間のかかる御馳走でした。

黄金色に輝く黄河(中国)のような大豆の川!
畑の牛肉とも言われる大豆が大釜で煮込まれていきます。

(〃なっ○う菌?〃=答え 納豆菌でした。)

ーーーーーこのあと一時期一世を風靡(ふうび)したあの茶髪で小柄なの女の子の登場です。

水戸納豆2(茨木県)大食いのつわもの達が勢ぞろい! 

肩からおしりにかけて〃どっぷり〃としたお肉を付けた水牛がその有り余ったぜい肉をタプタプさせながら歩いて来ました。
その後その牛を巡って壮絶な戦いが繰り広げられるのでした。すると会場にはもう既にブクブクに太った水牛のような男たちが集まっていました。

そして審判の試合開始を知らせる笛が鳴らされると同時にその男たちは一斉に目の前に山盛りとなったステーキとハンバーグめがけて食らいつきました。
どうやらそこは大食い大会の会場のようでした。会場では各選手が食べ終えた食器を積み重ねる音が鳴り響いてました。

しばらくすると机の上には食器が積み重ねられた山が出来てました。そんな中ひときわ背の高い食器の山を見つけました。
その食器の奥で静かにステーキを食べていたのは なんとあの〃ギャル曽根(小柄なの女の子)〃でした。もちろん その試合は曽根さんの一人勝ちでした。

しかも 大男たちは顔中ソースまるけなのに対して曽根さんは何とも綺麗な食べっぷりでした。
そして大食い大会といえば毎年3月10日の水戸の日(〃語呂ごろ〃合わせ)に合わせて水戸納豆の早食い世界大会が行われます。

一応 世界大会とはなってますが 何故か出場選手は日本人ばかりでした。 
ちなみに毎年7月10日は〃なながとう〃あると言う事で納豆(なっとう)の日だそうです。

そして会場では選手たちが一列に並び一斉に納豆を食べるのですが食べているときの顔がみんな無表情なのでとても不気味な光景でした。
でも そんなに勢いよく納豆を食べたら次の日 納豆が大腸のあたりでつまり きっと便秘になるでしょう  

しかし 残念ながら まだその大会に曽根さんが出場したという情報はありません。

3月10日の納豆早食い世界大会の様子
3月10日黄門様が見守る中その大会は開かれました。

(※↓以前 中国 広州で曽根さんが大暴れしたときの記事はこちらです。当時の彼女のハチャメチャぶりがうかがえます。)3年前に書いたブログです。

ーーーーーこのあと納豆発祥の地を見に行きます。 続きは後日公開します。