テスト

独立後すぐ インドとパキスタンはカシミール地方の領土をめぐり第1次印パ戦争が起こる

戦争の結果 カシミール地方はインドとパキスタン両国で分配される

さらに独立 間もないころガンジーはイスラム教徒と仲良くしようとした結果

ガンジーと同じヒンドゥー教徒にガンジーは殺害されてしまう

犯人はヒンドゥー教徒の過激派で3発の銃弾をガンジーめがけて放った

平和主義を貫き通した上に起きてしまった参事だった

そのためガンジーはインドの初代首相にはなれなかった

ガンジーの死後 ガンジーの遺灰は少しずつガンジス川へ流されていった。

ガンジーの葬儀3
ガンジーの葬儀2
ガンジーの葬儀

ガンジーの死後 60年が過ぎたころ ある銀行の金庫からガンジーの遺灰の一部が見つかった

その残りの遺灰はムンバイの海(インド南西部)へ流された 散骨には2000人の人が集まった

ガンジーの遺灰を散骨

 遺灰が入れられていた入れ物はガンジー博物館に展示してある

ガンジー博物館 (2)
ガンジー博物館 (1)
 

1962年 インドと中国の間で国境紛争が起こる 中印紛争 結果は中国の勝利

中国がインドとパキスタンの間のカシミール地方の一部を実効支配

1965年 カシミール地方の領有権をめぐり第2次印パ戦争勃発

国連が仲介に入り戦争は終結 カシミール地方はそれまでと同じ両国で分配されている

しかし日本の世界地図ではカシミール地方の国境は点線で 中身も どちらの国にも属さないよう真っ白に塗られている 

1971年 東パキスタン(現バングラ)で洪水が発生し30万~50万の人が亡くなる

当時 政治の中心は西パキスタン(現パキスタン)で東は西の植民地のような存在であった

さらに東パキスタン(バングラ)は西のパキスタンより貧しかった 洪水被害の時も西からの援助がされなかったため

東パキスタン(バングラ)の不満は爆発 独立戦争へと発展する インドもバングラの独立に協力した 

のちに第3次印パ戦争となる そのときバングラからインドへ多くの難民が流れた

戦争は9か月間続き 結果はインド バングラ軍の勝利 バングラデシュは見事に独立を果たす

1984年 インディラ ガンジー首相 シーク教徒により殺害される

(杉山 龍丸) 日本の元軍人 140億円投資しインドの砂漠の緑化に貢献した人物

杉山龍丸

1955年 シュワリックレンジ(丘陵)にユーカリの木を植えた 
 

ユーカリの木


<目次>

1 紀元前1500年頃 ペルシャからアーリア人がインドへ
(古代インドで4大宗教が誕生する)

2 紀元前563~483年(ブッダの誕生)
ヒンドゥー教の原型となった宗教〃バラモン教〃について

3 紀元前327~325年 アレクサンダー大王(ギリシャ人)のインド遠征
紀元前316年 インド初の王朝マウリア朝(仏教王国)が誕生する~仏教文化の飛躍~

4 西暦320年~550年 インドでヒンドゥー教が誕生する
  ~インドのイスラム化によりインド仏教が衰退する~
   12世紀初め インド初のイスラム王朝が誕生する
   13世紀 ~モンゴル騎馬民族の襲来~(ティムール帝国のちのムガル帝国)が誕生する

5 15世紀 大航海時代とともにヨーロッパから白人がインドへ進出!
   ~北部はイスラムのムガル帝国の大繁栄 一方で南部のヒンドゥー王国は衰退~

6 18世紀 インドで約300年続いたムガル帝国が滅亡
      ~インドにおいてイギリスの本格的な植民地支配が始まる~ 
     ネパールがイギリスとの戦争に敗れ国土の約3分の1を失う(※現インド北部)

7 19~20世紀 イギリス統治下のインド~格差が生まれ のちにインド独立運動へと発展する
   1914年 第一次世界大戦が勃発~多くのインド人がヨーロッパの戦争で亡くなる~

8 20世紀 インド建国の父 マハトマガンジー(非暴力闘争の一環でもある塩の行進)

9 1940年 第二次大戦勃発 またしても多くのインド人がヨーロッパで亡くなる 
  ~しかし 第二次大戦が原因でイギリスは衰退
    結果 インドは一つではなく2つの国に分かれて独立を果たす
 

10 独立後すぐにインドとパキスタンが戦争を始める~ガンジー暗殺事件~
  ~中国もインドとカシミール地方の領土をめぐり戦争する~
  ~第三次印パ戦争ののちバングラデシュがパキスタンから独立を果たす~