テスト


北京

明の第3代皇帝 永楽帝が明の都を南京から北京へと移した

(天安門) 今では空きっぱなしの正門も明と清のころは皇帝が外出するときの門が開いた

(天安門広場) 白い花崗岩が敷き詰められている 一度に50万人が集まることができる

地下には核シェルターがあるとのうわさもある 広場を囲むように政府の主要機関が並ぶ

かつては東と西と南に門があり一般の人は中には入れなかった

(人民大会堂)国会

人民大会堂

(故宮)昔の呼び方は紫禁城

故宮

(大和殿)

大和殿
太和殿

建物の正面には登り龍の坂がある かつては皇帝だけがその坂を上っていた

太和殿 正面の龍の坂
太和殿の内部 (1)
太和殿の内部 (2)
太和殿の内部 (3)

高さは233メートル 幅は66メートル 明と清 合わせて24人の皇帝が使用した

建物の柱には金箔で龍の絵が描かれている

(中和殿)

皇帝だけが座ることを許された玉座

中和殿
中和殿の内部 (1)
中和殿の内部 の玉座

(牛門)かつては皇帝専用の場所だった

牛門

(胡同フートン)もともとは井戸を意味していた

胡同(フートン)

(八達嶺の万里の長城)嶺レイ=山の頂

北京から70キロのところにある明代に築かれた2階建ての長城 上は見張り台で1階は住まいとして使われていた

屋上は2頭の馬が走れるようになっていた

かつて燕山(えんざん)山脈を境に争いが起こた

燕山山脈

農耕民族と遊牧騎馬民族の戦い 遊牧民の侵略を防ぐために作られたのが長城だった

八達嶺長城 (1)
八達嶺長城 (2)

(ルリチャン 北京郊外)焼き物の産地

皇帝専用の瑠璃(ルリ)瓦が焼かれていたのでその名がついた

清の時代に入ると瓦より工芸品が多く作られるようになった

ハンコ作りや翡翠もよく売れ 今では北京を代表する文化街へとなった

瑠璃(るり)瓦 (1)
琉璃厰ルリチャン (2)
琉璃厰ルリチャン の焼き物 (1)
琉璃厰ルリチャン の焼き物 (2)

(天壇)中には王座がある 

天壇

封弾 台の上に立ち声を出すと響く

封弾
封弾2

(円丘)

(明の十三陵)
明は中国大陸を277年統治した王朝

そして明の十三陵は その明を繁栄に導いた13人の皇帝を祀った所

参道の長さは7キロ 参道の両端にはラクダや象の石像が並んでいる

1958年 唐のころの大理石で作られた地下宮殿が見つかる 石で出来た家具やいすが見つかる

一生自分の墓を作るために動力を尽くした皇帝もいる

明(漢民族)が滅亡した後は清(満州族)が明を受け継ぐ

ただ満州族は文化的には乏しかった

明の十三陵 (1)
明の十三陵 (2)
明の十三陵 (3)
明の十三陵 地下の玉座

(円明園)清代に築かれたヨーロッパ風の宮殿(離宮)遺跡

ベルサイユ宮殿を模して造られた

アヘン戦争の時 英仏軍にって徹底的に破壊されてしまった

円明園

(頤和園いわえん)
敷地の4分の3が人口池 すべて手作業で作られた池だとされている

池を作ったときに掘った土で山を作ったとされている 

女帝 西太后は第九代皇帝を生んだ後 権力を一手に握る

そんな西太后が作った中国庭園風の宮殿

西太后
頤和園

<徳和園>
3層式の舞台 西太后はそこで10日間にわたって劇を上演させた

徳和園

<清晏舫せいあんぼう>
絶対に沈まない石で出来た固定式の船

日清戦争の敗戦後も西太后は庭園設備に莫大な費用を費やす

1912年 ついに清朝は滅亡する 約300年続いた王朝だった

続いて国民党政権の中華民国(現台湾)→内戦ののち共産国家の中華人民共和国(現政権)の時代となる

清晏舫せいあんぼう

(永定河)
盧溝橋(ろこうばし)は約800年前に掛けられた長さ267メートルの石橋がある 

140本のらせんと11本のアーチ 485体の獅子からなる石橋 

マルコポーロの見聞録にも世界一美しい橋として登場する

永定河
盧溝橋2
盧溝橋
盧溝橋 (2)

橋の真ん中には乾隆帝(けんりゅうてい1700年代の第6代清の皇帝)に関する石の建物と石碑が立っている

1948年 のちの日中戦争にまで発展する切っ掛けとなった盧溝橋事件が勃発した場所


山西省

ーーーー大同(山西省の省都 石炭の産地)

(雲崗石窟)

秦の後 五胡十六国時代(304~439年)日本は古墳時代のころ 北魏が大同に都をおく そのころ雲崗石窟が作られた

中国3大石窟の一つで53の屈がある 

雲崗石窟2
雲崗石窟

460年 曇曜(どんよう)によって 時の皇帝 文成帝(第4代)に見せて彫られた大仏

文成帝

<廬舎那仏(るしゃなぶつ)>1番のシンボル 高さは15メートル

廬舎那仏

時の皇帝 道武帝がモデルとされている

道武帝1
道武帝

西方ガンダーラ(アフガニスタン)を思わせる仏像もある

ところどころに色のついたところは唐の時代に修復された跡

534年 北魏王朝は河北平原を統一した後 わずか97年で滅びる

その後 随(ずい)と唐と宋と元(モンゴル)のあと漢民族の王朝(明)が誕生する

(懸空寺けんくう寺)
断崖絶壁に立つ寺 崖に杭を差し込む穴があけられその上に建てられた寺

懸空寺
懸空寺2

(下華厳寺)
遼(りょう916年 – 1125年 内モンゴル )の時代に建てられた ほかの寺の門が南側に作られているのに対して

このお寺は東向きに門が作られた 契丹(きったん)族が太陽を信仰していたためだと言われている

<露歯菩薩像(ろしぼさつ)>
歯を見せニッコリと笑う貴族の女性がモデルとなった木彫りの仏像

露歯菩薩像(ろしぼさつ)

(九龍壁)
その名の通り青地の壁に9頭の龍が彫られている

北向きに建てられているのは北からの異民族を威嚇するためだと言われている

九龍壁

<中国 華北 目次>
1 北京 万里の長城(司馬台長城 八達長城) 故宮 天安門 頤和園 明の十三陵
2 河北省 河北省 (長城の東の果て 海に面した長城)
3 河北省 避暑山荘 (チベットやモンゴル族との友和のために作られた)
4 河北省 張家口 (大境門長城 張家口堡 打樹花)
5 河北省 ?(ば)上草原 清東陵(第6代 乾隆帝の墓)
6 河北省 広府(城壁で囲まれた町) 呉橋(雑技のふるさと) 唐山市 燕山山脈
7 山西省 大同 (雲岡石窟 懸空寺 岸壁に築かれた寺)
8 陝西省と山西省 (壺口ここう瀑布 黄河の大滝 清涼山 万仏寺)
9 山西省 平遥古都 ( 灰色瓦屋根の古い町並み 700年続く城壁都市)
10 山西省 五台山 ( 5つの峰からなるチベット仏教の聖地)
11 山西省 得勝堡 ( 遺跡の中にある城壁で囲まれた100件ほどの町)
12 内モンゴル (カラ・ホト遺跡 ゴビ砂漠 エチナ川)
13 内モンゴル (フルンボイル ノモハン 戦争の跡) 
14 <華北地方>北京、山西省の追加情報!