テスト

富岡製糸場の女工からの手紙に工場内には風を通さず外部からの光だけを通す透明で不思議な板がありましたと書かれてました。
要するに窓にはめられたガラス板の事ですがその女工にとっては生まれて初めて見るガラスだったそうです。しかし約140年前 日本にまだガラスがなかった事に驚きました。

富岡製糸場の心臓部でもある繰糸場(そうしじょう=糸をつむぐ工場)の内部ではガラスだけでなく照明もありませんでした。
そのため室内に多くの窓が取り付けられ自然光をふんだんに取り入れる事にしました。その建設に当たって大量のガラスが海を渡って富岡製糸場に運ばれました。

さらに繰糸場は太陽光を最も浴び易いよう南側に建てられました。また自然光に照らされながらの作業のため就業時間も季節によって違ったそうです。

繰糸場の中は今 昭和40年代以降に設置された自動 繰糸器(そうしき)が設置されていますが開業当時はフランスから輸入された繰糸器がなんと300台も設置されたそうです。

東まゆ倉庫一階の展示室では なんと創業当時(約140年前)に使われていた繰糸器(糸をつむぐ機械※復元)を実際に触れることが出来きます。
鉄製の風呂桶の中にまゆを入れ煮込みます。そして柔らかくなったところで髪の毛のよりも細い糸を紡(つむ)いでいきます。

その長さは一つの まゆからスカイツリーの2倍以上の長さ なんと1300メートルも取れるそうです。またその糸をつむぐ実演は毎週水曜日 午前と午後に一回ずつ行われているそうです。 
そしてその繰糸器は たったの2台しか残ってない非常に貴重な機械となってます。創業当時はその機械を操作する300人の女工さんが働いていたそうです。

さらに工場設立以前(140年以上前)に使われていた江戸時代の道具まで展示されていました。手で自転車のペダルをこぐ事により糸が巻き付けられて行きます。
こちらも展示室内で毎週一回のみ実演が行われていました。

江戸時代から使われていた繰糸器
約140年前 創業当時に使われていたフランス製の繰糸器
この中でまゆを煮てからほぐしていた

ーーーーーこのあとフランス製の蒸気エンジンが稼働し300台の機械が一斉に動き出します。 

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