テスト

=====アユタヤ およそ4世紀にわたって東南アジアを制覇した王朝 33代にわたって続いた王朝 バンコクから船も出ている 4時間 

ゾウを年400頭 輸出していた アユタヤは常にクメール(カンボジア)やビルマ(ミャンマー)の侵略におびえていた 

16世紀 ポルトガルから大砲や鉄砲の武器が伝わると3国(アユタヤ クメール ビルマ)の争いは一層激しくなった 城壁が築かれた

16世紀半ばビルマがアユタヤを制圧 しかしその後アユタヤが領土を再び取り戻す

ビルマから領土を奪還したアユタヤはヨーロッパとの関係を深める ヨーロッパ以外にも40か国と交流があった
アユタヤは世界中の品であふれていた

17世紀には1500人の日本人が住んでいた 日本人街の住居跡がある 日本語で書かれたお墓のような石碑がある
山田長政の石像

日本人街の住居跡
山田長政の石像

18世紀1年2か月の戦争ののちアユタヤはミャンマーに滅ぼされるまで人口20万のロンドンに匹敵する都市だった
トウモロコシ型の仏塔はクメール建築 ヨーロッパやベルシア(現イラン)と交流があった国際都市 仏像の中に近海を隠していた

トウモロコシ型の仏塔はクメール建築

戦闘用に多くの象が使われていた 象に乗っての遺跡巡り

〇王宮跡 破壊しつくされ広場が残るのみとなった

王宮跡

〇ワットヤイチャイナコン ビルマに対抗してアユタヤが建てた茶色い仏塔遺跡 72メートル

ワットヤイチャイナコン

〇ワット チャイワタナラム(仏塔型遺跡)

ワット チャイワタナラム
 

〇ワットロカヤスタ(屋外の巨大涅槃仏)1956年に復元

ワットロカヤスタ

〇ワットプラシィサンペット 3つの仏塔遺跡 王の遺骨が納められている 重量171キログラムの金を使った高さ16メートルの仏像

ワットプラシィサンペット

〇ワットプラ マハラタート 多くの仏像の首がビルマ軍の侵攻によりはねられている ところどころ黒焦げている 仏塔も倒壊 かつては黄金の仏塔が立っていた

ワットプラ マハラタート 提樹(ぼだいじゅ)の木に埋もれた仏像の頭

菩提樹(ぼだいじゅ)の木に埋もれた仏像の頭 かつて44メートルの仏塔があった

〇ワットプララーム

〇ワットチャイワッタナラーム

〇ヤイチャイモンコン寺院 高さ17メートル ラーマ5世の時に復元された大仏堂

ヤイチャイモンコン寺院

〇ワットプーカオトン 市内から少し離れたところにある白いピラミッド式の大きな仏塔 ビルマがアユタヤを制圧(1回目)の時に建てられた仏塔

ワットプーカオトン

 (飲食)ロイティーサイマイ 綿菓子の一種 店員がロボットのしゃぶしゃぶレストラン

ロイティーサイマイ

〇ポルトガル人村 ポルトガル人が最初でそのあとオランダ人も来た 教会群からは200体以上のポルトガル人の骨が見つかった

〇右腕のない大仏の中から小さな仏像がいっぱい出てきた 金塊も仏像の中に隠した

〇マーカブーチャ 3月の満月よ夜に遺跡で行われるろうそくを使った光の祭典 白い衣装を着たのタイ人が多く参加する
ゾウに乗っての遺跡巡り 遺跡は夜 ライトアップ

〇ワットラーチャブラーナ〇ワットプララーム

〇ワットスワンダーラーラーム 壁画の寺院

アユタヤ 町の様子

〇バーンパイン離宮

バーンパイン離宮 

アユタヤ 郊外(ビデオ)

(水上マーケット)2010年オープン

(ニュース)標識が盗まれる被害 子供が小遣い稼ぎのため鉄塔のボルトを取ったため大きな鉄塔が崩壊

(飲食)ヤムウンセン ヤム=あえる ウンセン=春雨

<目次>
1 基本情報
2 バンコク市内 
3 バンコク郊外~水上マーケット メークロン市場ほか~
4 アユタヤ遺跡
5 スコータイ
6 カンチャナブリ
7 クラビー
8 チェンマイ
9 ナコンラチャシーマ
10 スリン
11 ロッブリー
12 ノンカイ ウドンタニー
13 サンクラブリー
14 パッタヤー
15 チェンライ
16 ウボンラチャターニー
17 メーホンソーン&タートパノム&カオヤイ自然保護区
18 その他の名所