テスト

完全に日本をなめていたアメリカ軍は当初 硫黄島を5日間で陥落させるつもりでいました。
しかし 戦闘は1週間~2週間と長引きアメリカ軍側の死傷者も増えていくと ついにアメリカ軍も本気になり強力な近代兵器を次々と硫黄島に送り込むこととなります。

そのとき硫黄島大量の炎を巻き上げていたのは火炎放射器ではなく火炎式の戦車でした。地下壕の多くの日本兵を残したままアメリカ軍硫黄島のほとんどの場所を制圧しました。
そしてアメリカ軍は大量に持ち込んだ建設機械を使い硫黄島に飛行場を造り始めました。

一方そのころ日本本土では日本政府が自国民を騙す大がかりな詐欺作戦を行っていました。
攻撃される前の写真や映像を使い日本兵が硫黄島で連戦連連勝を続けていると言う嘘の情報を流していました。

手紙に関しても軍にとって不都合な情報はすべて届けられる前に黒く塗りつぶされていたそうです。

そんなバカげたことをやっていたら とうとう日本が最も恐れていたことが起こってしまいました。
サイパングアムを飛び立った相当数のアメリカ軍機硫黄島を通り越し東京上空で無差別爆撃を開始していました。東京は一気に焼け野原となってしまいました。

そんな参事は地下に潜っていた硫黄島の兵士たちは全く知りませんでした。
弾丸と食料は当の昔に底をつき兵士たちは援助部隊が来るのを今か今かと首が筋肉痛になるほど首を長くして待ち続けてました。

しかし本土はもちろんそれどころではありませんでした。すると硫黄島日本兵は泥水や炭を食べ始め ときにはウジ虫を食べ飢えをしのいでいたそうです。

一方そのころ硫黄島近くのアメリカの軍艦の中では死刑前のごちそうだと冗談を言いながらステーキを食べていたそうです。

火炎式戦車
東京大空襲
日本兵が地下で飢え死にしようとしていた頃 海の上の軍艦ではアメリカ兵がステーキを食べていた!

ーーーーーーーーーーーーーーーこのあと 地下壕に残された兵士の運命が決まります。つづきをどうぞ