テスト

ヤップ島(グアムパラオポンペイのちょうど中間あたり)パラオから航空機300ドル 安宿なし

ヤップ島 ヤップ人
ヤップ島 ヤップ人2

ワニアン村 〇高さ2メートルの石のお金 

ワニアン村 石貨 (いつ頃造られたのかはわかっていない)

ワニアン村 石貨2

 
石貨(穴の開いた大きな石のお金)石貨を運ぶときは真ん中の穴に丸太を通し数人の男が肩に担いで運ぶ

石貨を運ぶ2
石貨を運ぶ

島では一般的に米ドルが使われているが大きな買い物をするときは石の貨幣支払われる 大きくて動かせないものは銀行で所有権のみ移されえる
古いものは割れても価値は変わらない どれだけ大変な思いをして石のお金を運んだかによってその価値が変わる
海の中に沈んだ石貨にも持ち主が決まっている 石貨は昔パラオから運ばれてきたもの

(先祖)島民の祖先は東南アジア人 昔 東南アジアからかむーに乗ってやってきた 300年前 大型カヌーに乗ってやって来た

(航海術)今も残る昔の航海術 一年中の星の位置が頭の中に入っている 波の方向も重要 鳥を見つければ近くに島があることが分かる
鳥は朝島を出て夕方島に戻る 鳥と時間を見て島までの距離が分かる

(ナマコ)海の掃除屋さん

(ヤシ)も祖先が東南アジアから運んだ
ヤシは食べるだけでなく生活用品の(食器 たわし たいまつなど)様々なものに加工される 
ヤシの葉を編んでカゴにする 夜の漁の時 たいまつとしてもヤシを使う 

(飲食)トビウオ漁が盛ん 取れたトビウオは腹を開き干物にする
パンの実を発酵させ保存食にする 3か月は持つ 蒸し焼きにして食べる すっぱい匂いのする食べ物 里芋にも似た味

パンの実

(習慣)赤ちゃんが生まれると土地が与えられその土地の地名は赤ちゃんと同じ名前(地名)となる

チューク(島)16世紀にスペイン人からキリスト教が伝わった 以降8割がクリスチャン 生活は自給自足 
島民は自家用ボートを持っている 海産物が豊富で島の人にとって海は大きな冷蔵庫 洞窟入り口近くに旧日本軍の大砲  
旧日本軍病院跡 旧日本軍通信基地跡

チューク島
洞窟入り口近くに旧日本軍の大砲 20世紀 日本(明治維新~第2次大戦)

(クリーニングステーションにクリーニングフィッシュ)サメ 

コスラエ島(ミクロネシアで2番目に大きな島)トフォール 人口8000人 島民の祖先は数千年前ミクロネシアからやって来た
 クリスチャンが多く日曜日は休息日なので前日の土曜日は忙しい 
 オオトカゲは2メートル カツオにマグロなど魚が豊か 巨大洞窟 レインボーツリー他 様々な滝がある 1200年前の石板 

レインボーツリー

(滝)シビエン滝 水オオトカゲ ビィアバードケープ(巨大洞窟)数千匹のアマツベメ
レロ遺跡 ウィアバードケープ アマツベメ ノーチラスリゾート
メンケ遺跡 さらに2から3世紀 古い遺跡 祈りの台座 ジャングルの中に100か所 16世紀スペイン人が来てその文化は途切れた
ダイビング 200種のサンゴ

<目次>
追加情報 ミクロネシア連邦とマーシャル諸島の歴史
1ミクロネシア連邦ポンペイ◎ナンマドール海上遺跡◎
2ミクロネシア連邦フェファン島とトラック諸島
3ミクロネシア連邦ヤップ島
4マーシャル諸島