テスト

浅草は昔から隅田川の河口に近く海の幸にも恵まれ さらにやや高台にあったため災害から非難するのにも最適でした。そのため発展も早かったとされてます。

そして今からおよそ1400年前の飛鳥時代に今よりずっと川幅が広かった隅田川で浅草寺(せいそうじ)創建に繋がった大きな発見がありました。
それは漁師の兄弟が隅田川で網を張り漁をしていた時のことです。そのとき魚と一緒に網にかかったのは大きさ5.5センチの黄金の仏像でした。

その仏像は今でも浅草寺の本堂の仏壇の中に大事に保管されています。ただ残念ながら秘仏のため一般公開はされていません。
さらに漁師兄弟がその小さな仏像を拾い上げたときに金の龍が現れたそうです。そんな珍しい出来事もあって浅草寺金龍山(きんりゅうさん)浅草寺(せいそうじ)と名づけられました。

その後 浅草寺は時の権力者に守られながらも何度も火災により焼失します。なんとその数18回も炎上した記録が残っているそうです。しかし焼失するたびに再建されて行きます。

そして江戸時代に入りそのころ浅草寺の境内は今よりの3倍も広くしかも浅草寺を取り囲むようにたくさんの寺が建っていたそうです。
今では年間3000万人もの外国人や観光客が参拝に訪れる浅草寺ですが江戸時代には僧侶でごったがえしていたそうです。

江戸時代以降の浅草は繁華街として栄えます。そして明治が終わり大正がやって来ます。
浅草の地盤は意外に硬く関東大震災の際 浅草の建物はその揺れには耐えたもののそのあと襲ってきた火災に見舞われます。

しかし避難民の協力により浅草寺の被害は最小限で済んだそうです。

聖徳太子が活躍していたころの飛鳥時代に浅草寺は創建されたとされてます。
大昔!隅田川で見つかった黄金像が〃浅草寺〃創建のきっかけだった
大昔!隅田川で見つかった黄金像が〃浅草寺〃創建のきっかけだった /caption]

ーーーーーーこのあと浅草寺に外敵が現れまたしても焼失してしまいます。つづきをどうぞ