テスト

氷河期 海の水が低かったころ(紀元前1万6千年ごろ)人類が初めてアラスカに上陸したとされている

当時 シベリアとアラスカは陸続きだった 

旧石器時代 ベーリング海からアジア人(モンゴル系)が動植物を求めアラスカに到達したとされている

その後 人類はさらに南下し南米まで到達する

エスキモー モンゴロイド 系など 4つの民族がアラスカに残った

エスキモーの生活

ペルーの彫刻とアラスカの彫刻はよく似ていると言われてる

氷河期が終わると海面が上昇し 陸続きだったシベリアとアラスカは切り離された

しかし今でも海が凍ったときのみ歩いてシベリアへ渡れる

1648年 文献に初めてアラスカが登場する

1741年 ロシアのベーリングがアラスカを発見 

その後 アラスカは120年間 ロシアの領土となる

1741年 ロシア人探検隊がアラスカを発見した時の様子
1741年 ロシア人探検隊がアラスカを発見した時の様子2
1741年 ロシア人探検隊がアラスカを発見した時の様子3

ロシア人は豊富な毛皮(ラッコ アザラシなど)を求めてアラスカに進出

 しかし 乱獲で動物が減少

ロシアの南下を恐れ スペインがメキシコからアラスカに探検家を送っていた

探検家は本土から人が住んでいないところを植民地にするように命令を受けていた

当時 イギリスやアメリカもアラスカを狙っていた。ジェームスクック(イギリス)もアラスカに到達していた。

ロシアは結局クリミア戦争に敗北し戦費費を払うために1867年 ロシアはアメリカにアラスカを720万ドルで売る 

現在の価格で9750万ドル 約108億円 およそハリウッドスターの豪邸と同じかそれ以下の値段

※クリミア戦争 ロシア とイギリス フランス軍との戦争
舞台はウクライナのクリミア半島 戦後 勝利したイギリスとフランスが世界での影響力が強まる

そのほかの理由としてロシア国内の財政悪化 アラスカでとれる毛皮も輸送費のコストが余計にかかった

アメリカに移ったのちアラスカは しばらく貧しい時代が続いた

病院も学校もない無法地帯で 食糧危機が起こった時も州は何もしてくれなかった

しかし民間企業がアラスカの豊富な資源に目をつけ投資を行ったおかげで水道ガスなどのインフラ設備が整った

1899年 アラスカで金が発見されゴールドラッシュが起こる

それらの資料が↓アンカレジ歴史芸術博物館 に展示されている

1902年 アラスカ鉄道が開通 缶詰工場もできる

1942年 日本軍がアラスカ基地を空爆する ※第2次大戦時

日本はアリューシャン列島(アラスカの日本や太平洋に近いところの細かい島を制圧する

1959年 やっとアラスカはやっとアメリカの49番目の州となった それまでは州より格下の位置づけだった

1968年 油田が発見される かつて辺鄙な場所であったアラスカも

今では一人当たりの収入は本土よりも多い 豊富な資源だけでなく観光業も盛ん


<目次>
1基本情報
2歴史
3動物
4アラスカ鉄道とユーコン川
5北極圏とバロー(伝統のクジラ漁)
6北部 ウェールズや その他の地域
7中央部 フェアバンクス オーロラ観測 
8中央部 デナリとマッキンリー
9南部 アンカレジとコロンビア氷河
ほか さまざまな氷河

10南部 スワード キーナイフィヨルド 
プリンス ウィリアム湾
 
11南部 グレーシャーベイほか
カナダとアラスカの自然公園

12南部カトマイ国立公園
13南部ジュノーとその他の地域
14南部 サーモンとオヒョウの釣り大会
15南部 コディアック島 シトカ ケチカン
16アラスカ料理