テスト

(バーミヤン大仏)

高さ55メートルの岩山をくりぬいて掘られた大仏

2001年タリバンに爆破されるまでは顔を大きくえぐり取られた状態で残っていた

タリバンの爆破により大仏だけでなく天井の壁画も失われてしまった

バーミヤン大仏の爆破
バーミヤン大仏 破壊前の姿 (2)
バーミヤン大仏 破壊前の姿 (1)
バーミアン大仏 破壊前
生前のバーミヤン大仏
バーミアン大仏 破壊後

実に1500年間 人々の心を癒し続けてきた大仏であった 

バーミヤンに住むハザラの人々は 今まで大仏に見守られながら暮らしてきた

異教徒となるイスラム教徒がこの地を制圧しても 人々は大仏と共存してきた 

かつては遺跡付近に270世帯の家族が住んでいたが

タリバンがこの地を制圧すると住民たちの財産は すべてタリバンに取られてしまった

パンを買うお金も無くなってしまった。

30年以上に撮影した壁画の写真が残っている しかし壁画の一部は爆破前に剥ぎ取られ無事であった 

なぜか日本で その剥ぎ取られた壁画が見つかっている バーミヤンの壁画は日本の仏教にも大きな影響を与えた

バーミヤンに残された壁画
バーミヤン遺跡の壁画を再現 (2)
バーミヤン遺跡の壁画を再現 (1)

(バーミヤンの昔の姿)

7世紀には三蔵法師(唐の時代の中国人)もここを訪れていた 

三蔵がここを訪れた時 バーミヤンにはバーミヤン王国と言う大国があり 三蔵は王宮に招かれた

三蔵が訪れたころのバーミヤン王国は 今のアフガニスタンと違い穏やかで平和だった

当時 バーミヤンには東西にそれぞれ一体ずつ黄金の大仏が建っていた

2体の大仏の距離は800メートル さらに天井には仏教壁画が ずらりと描かれていた

立った大仏以外に身長300メートルの涅槃仏(インド風の寝転がった大仏)もあった

しかし その伝説の涅槃仏は いまだ見つかっていない

バーミヤンの昔の様子
三蔵がバーミヤンで見た涅槃仏(想像図)
金色に輝くバーミヤン大仏
金色に輝いていたころのバーミヤン大仏 大仏の頭上にも輝かしい壁画が描かれていた

(石窟)
昔は石窟だけでなく多くの伽藍(がらん=僧侶が寝泊まりをし修行を行う場所)もあった

岩壁には700を超える石窟に壁画が描かれていた 

タリバン政権時代には家を持たない住民が10人3世帯が石窟の中で暮らしていた

ドーム天井の石窟は毎日の炊事で全体がすすで黒ずんでいる 

昔あった70体の大仏も剥ぎ取られている

石窟内の煤で黒くなったドーム天井の屋根
ドーム天井の石窟 破損前の想像図

今は遺跡保護のため住民は西の方へ移住させられた

東西750の石窟群や貴重な壁画も長年の内戦とタリバンの進出で喪失

それだけでなく今もなお石窟の近くには多数のソ連軍が埋めたとされる地雷が残っている

1979年 ソ連軍が残していった物  

地雷が残る石窟群

白い瓶のような物は不発弾 住民に注意を促すため赤いペンキが塗られている

高さ40メートルのところにある石窟 かつてそこにはバーミヤンの中で3番目に大きい台座が置かれていた

大仏から6キロ離れた場所でも石窟が残っている 7~8世紀に描かれた壁画 口元が赤く 金箔も残っていた

(経典)
ノルウェーのオスロにバーミヤン遺跡で見つかった経典が保存されている

ノルウェーの富豪が買い取った物 ヤシの葉やシラカバで書かれた1万点を超える経典

ヤシの葉やシラカバに書かれた経典

最も古い物は1800年前の物 クシャナ人(イラン系1~3世紀)がガンダーラを支配していたころの物

現在その経典は世界11カ国が参加し解読作業が行われている

そのほか遺跡からはバーミヤン大仏が描かれた金のコインも出土している

バーミヤン大仏が描かれた金のコイン

(バーミヤン オールドバザール)市場では草が燃料として売られている

バーミヤン オールドバザール
バーミヤン遺跡
バーミヤン 煉瓦を作る少年

(バンディアミール湖 バンデアミール)遺跡から約70キロのところにある

バンデアミール周辺の山々
バンディアミール湖2
バンディアミール湖

(コレ ジャラール遺跡)

コレジャラール遺跡

(アフロディーテ像)アフガンで見つかったギリシャ彫刻

アフガンで見つかったアフロディーテ

<バーミヤンの特産品>

(絨毯じゅうたん)人と違う絵柄の絨毯はよく売れる
3人で朝から晩まで追って2000円ほどの収入

(ラビスラズリ)アフガニスタン産の宝石

ラビスラズリ
ラビスラズリ (2)


<もくじ>
1基本情報+歴史(料理)
2バーミヤン仏教遺跡
3ハッダ ラニガト仏教遺跡
~ガンダーラ仏教の成り立ち~